ブログを書こうと思っていたのに、
どうしてもやる気が出ない日ってありますよね。
パソコンを開いては閉じて、
「今日は無理かもしれない」
「昨日までの勢いはどこに行ったんだろう」
そんな気持ちになることも、きっと一度や二度ではないはずです。
40代になると、若い頃のように気合だけで突っ走れません。
仕事や生活の疲れ、気力の波もあって、
毎日同じテンションでブログに向き合うのは正直しんどい。
それなのに、「やる気が出ない=続けられない」と決めつけて、
自分を責めてしまうこともあります。
でも実は、
やる気が出ない日があること自体は、ブログをやめる理由にはなりません。
続いている人ほど、やる気が出ない日と上手に付き合っています。
この記事では、
40代でブログを続けている人が、やる気が出ない日をどう受け止めているのか、
そして、そんな日があってもブログをやめなくていい理由を、
これまでの流れを引き継ぎながら整理していきます。
やる気が出ない今日も、
**ブログを続けている途中の「大切な一日」**です。

やる気が出ない日は「やめ時」ではなく「調整日」
ブログを続けていると、どうしてもやる気が出ない日があります。書こうとは思っているのに手が動かない、画面を開いたまま時間だけが過ぎていく。そんな状態になると、**「もう自分には向いていないのかもしれない」**と感じてしまいがちです。ただ、その感覚はブログをやめるサインではありません。むしろ、続けているからこそ出てくる自然な反応です。
40代になると、体力や気力に波があることを実感します。仕事や家庭の影響を受けやすく、常に同じコンディションで過ごすのは難しいものです。それなのに、ブログだけは毎回全力で向き合おうとすると、どこかで無理が生まれます。やる気が出ない日は、自分のペースを見直すための**「調整日」**と考えた方が、長く続けやすくなります。
実際、ブログを続けている人の多くは、やる気が高い日と低い日をはっきり分けています。気持ちが乗らない日は、無理に良い記事を書こうとしません。下書きを少し触るだけ、過去記事を読み返すだけ、それだけで終えることもあります。それでも「完全に離れなかった」という事実が、後になって大きな差になります。やめてしまう人との違いは、やる気がない日にもブログとつながり続けているかどうかです。
また、やる気が出ない日に書いた文章は、後から読み返すと意外と使えることもあります。気負っていない分、素直な言葉が出ているからです。完璧な状態で書いた文章よりも、迷いや本音がにじんだ文章の方が、読者に届くことも少なくありません。やる気が出ない日は、質が下がる日ではなく、違う種類の言葉が生まれる日とも言えます。
ブログをやめてしまう人は、やる気が出ない日を「失敗」と捉えてしまいます。一方で続けている人は、その日を「調整」として受け入れています。この考え方の違いが、結果として積み上がる量の差につながります。やる気が出ない日があってもいい。その日を否定せず、ブログと距離を切らないこと。それだけで、ブログは確実に続いていきます。
やる気が続かないのは意志が弱いからではない
ブログを続けていると、「やる気が続かない自分は意志が弱いのではないか」と感じてしまうことがあります。最初はあれほど前向きだったのに、数日、数週間たつと気持ちが落ち着き、書くエネルギーが湧かなくなる。その変化を「ダメな状態」と受け取ってしまう人は少なくありません。ただ、やる気が続かないのは意志の問題ではなく、人としてごく自然な反応です。
やる気というものは、もともと一定に保てるものではありません。新しいことを始めた直後は、期待や緊張感が刺激となって高まりますが、時間が経つにつれて日常に溶け込み、特別な感情ではなくなっていきます。40代になると、この変化をよりはっきり感じやすくなります。仕事や生活の中で多くの役割を担っているからこそ、常にブログに高い熱量を注ぎ続けるのは現実的ではありません。
続けている人は、この性質をよく理解しています。やる気が下がることを想定したうえで、ブログと向き合っています。今日は書けなくてもいい、数日空いても戻ってくればいい。そう考えることで、やる気が落ちた瞬間にすべてを投げ出さずに済みます。続けられる人は、やる気を保とうとするのではなく、やる気がなくても続けられる形を選んでいるのです。
一方で、やる気を基準に行動していると、どうしても波に振り回されます。やる気がある日は進めるが、ない日は何もしない。その繰り返しの中で、「やっていない自分」への罪悪感が積み重なり、やがてブログそのものが重荷になります。この状態が続くと、やめる理由を探し始めてしまいます。問題は意志の弱さではなく、やる気に依存した続け方をしていることです。
40代からのブログに必要なのは、気持ちよりも仕組みです。やる気がなくても少し触れる、完全に離れない。その小さな行動を積み重ねることで、結果的に続いていきます。やる気が出ない自分を責める必要はありません。それでも戻ってこられる環境を作れているかどうかが、ブログを続けられるかどうかの分かれ道になります。
やる気がない日でも「ブログと縁を切らない」工夫
やる気が出ない日が続くと、ブログから距離を置きたくなる瞬間があります。何もしない日が増えるほど、「今さら戻っても意味がないのでは」と感じてしまい、結果として完全に離れてしまう人も少なくありません。ただ、続けている人が意識しているのは、やる気の有無よりも、ブログと縁を切らないことです。
縁を切らないと言っても、毎日しっかり記事を書く必要はありません。むしろ、やる気がない日に無理をすると、ブログそのものが嫌いになってしまいます。続けている人は、気持ちが乗らない日は「触れるだけ」で終えることを許しています。管理画面を開く、タイトルだけ眺める、下書きを少し読み返す。それだけでも、ブログとの接点は保たれます。この小さな接点が、完全にやめてしまう人との大きな違いになります。
40代になると、気力を回復させるのに時間がかかる日も増えてきます。若い頃のように、一晩寝れば元に戻るわけではありません。だからこそ、やる気が戻るまで待つのではなく、やる気がなくてもできる行動をあらかじめ用意しておくことが大切です。行動のハードルを下げることで、再開の心理的な壁も低くなります。
また、やる気がない日は、インプットに回すのも一つの方法です。誰かの記事を読む、自分の過去記事を読み返す。その中で、「この表現は良かったな」「ここは直せそうだな」と感じるだけでも、ブログへの意識は途切れません。アウトプットができない日でも、ブログに関心を向け続けている状態を保てていれば、流れは止まりません。
ブログをやめてしまう人は、やる気がなくなった瞬間に「今日は何もしない」を選び続けてしまいます。一方で、続けている人は、「今日はこれだけでいい」と小さく区切ります。この差はとても静かですが、時間が経つほど大きくなります。やる気がない日でも、ブログに触れ続ける。その積み重ねが、結果として「やめなかった人」になるための現実的な工夫です。
やる気に頼らない続け方が、結果的にいちばん強い
ブログを続けるうえで、「やる気があるかどうか」を基準にしてしまうと、どうしても不安定になります。気分が乗っている日は進められても、少し疲れただけで止まってしまう。その繰り返しは、自己否定を生みやすく、長期的にはブログから離れる原因になります。一方で、やる気に頼らず続けている人は、気持ちの波に左右されにくい強さを身につけています。
やる気に頼らない続け方とは、感情を無視することではありません。むしろ、感情に振り回されない仕組みを持つことです。今日は気分が乗らない、集中できない、そんな日がある前提で、行動を最小化しておく。短時間で終える、途中までで切り上げる、下書きに一行だけ足す。こうした行動は地味ですが、ブログとの距離を一定に保ち続けてくれます。
40代からブログを続ける場合、この考え方は特に相性がいいと言えます。毎日同じ体調や気力で過ごせるわけではなく、生活の中で優先順位が変わることも多いからです。やる気があるときだけ頑張る方法は、若い頃なら通用しても、長く続けるには負担が大きくなります。やる気がなくても「最低限できること」を決めておくことで、ブログは生活の中に自然と組み込まれていきます。
また、やる気に頼らない続け方を身につけると、結果の受け止め方も変わってきます。アクセスが増えない、反応がない時期があっても、「今はそういう時期だ」と受け止められるようになります。感情が落ち着いている分、焦って方向を変えたり、やめる理由を探したりしなくなります。この安定感は、続けた人だけが得られるものです。
ブログは、気合や情熱だけで走り続けるものではありません。淡々と、静かに、続けられる形を作った人が最後まで残ります。やる気がない日があっても、ブログとの関係を切らなかった。その積み重ねこそが、結果的にいちばん強い続け方になります。
まとめ
やる気が出ない日があるからといって、ブログをやめる必要はありません。むしろ、やる気が安定しないのは自然なことであり、40代からブログを続けていくうえでは前提として受け入れておくべき状態です。続いている人は、やる気を無理に維持しようとはせず、やる気がない日を「調整」や「休息」として扱いながら、ブログとの縁だけは切らずに保っています。
やる気に頼らない続け方を選ぶことで、感情の波に振り回されにくくなり、ブログは義務ではなく生活の一部に変わっていきます。完璧に書けない日があっても、少し触れるだけの日があっても、それらはすべて積み上げの一部です。続けるために必要なのは強い意志ではなく、戻ってこられる余白を自分に用意してあげることです。
やる気がない日があってもブログをやめなかった、その事実が時間とともに大きな差になります。今のペースで向き合っている自分を否定せず、この関係を静かに続けていくこと。それが、結果的にいちばん遠くまで進めるブログの続け方です。
こーいちの一言
やる気が出ない日があるたびに、「自分はダメだ」と思っていた時期がありました。でも今は、やる気が出ない日も含めてブログだと思っています。書けない日があっても、完全にやめなければ、それで十分。続け方に正解はありません。戻ってこられる場所を残しておくことが、いちばん大事だと感じています。

コメント